事件概要

2019年11月30日、京都市内のマンションで、ALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っていた当時51歳の女性R.H被害者が、約130万円の報酬と引き換えに、ふたりの医師から薬物の投与を受けて死亡した。事件後、医師ふたりは嘱託殺人の罪で起訴された。

主犯格とされるO.Y被告(医師、当時43歳)は、TwitterやSNS上でALS患者と接触し、被害者から依頼を受けたうえで自宅を訪れ、薬物を投与したとされる。共犯のY.N被告(医師、当時45歳)とともに、嘱託殺人を実行した。被告らはほかの患者への殺人計画についても話していたとされる。

事件は『医師による嘱託殺人』というセンセーショナルな性質に加え、終末期医療における『安楽死を認めるべきか』という長年の論争を再び大きく揺さぶる契機となった。

判決

■ O.Y被告(医師)

・判決日:2024年3月5日

・裁判所:京都地方裁判所(裁判員裁判) / 裁判長:川上宏

・判決:懲役18年(求刑:懲役23年)

・罪名:嘱託殺人罪、別事件で殺人罪も併合(O.Y被告は2011年に自身の父親を殺害したとされる別件でも起訴された)

■ Y.N被告(医師)

・判決日:2024年4月

・裁判所:京都地方裁判所(裁判員裁判)

・判決:懲役2年6月

・罪名:嘱託殺人罪

判決では、被害者の真摯な依頼があったことを認めつつも、嘱託殺人は刑法で禁じられている行為であり、医師という立場を悪用して報酬を得て実行した点が極めて悪質と認定されたとされる。

被害者の声

被害者はALSを長年患っていた女性。SNS上で『苦しみたくない』『安楽死を求める』と継続的に発信していた。被害者側からの強い依頼があったことは判決でも認定されているが、依頼があれば嘱託殺人が許容されるわけではない。

ALS患者やその家族、支援団体からは、『この事件をきっかけに、安楽死をめぐる議論を進めるべき』『一方で、ALS患者の生きる希望を奪う論調になってはいけない』など、複数の声が上がった。

量刑の相場

嘱託殺人罪(刑法第202条)の法定刑は『6か月以上7年以下の懲役または禁錮』。通常の殺人罪(刑法第199条、死刑または無期もしくは5年以上の懲役)と比べ、被害者の真摯な依頼があった場合の特別規定として、刑が大幅に軽くなっている。

本件のO.Y被告に懲役18年が言い渡されたのは、嘱託殺人罪に加え、別件の殺人罪(自身の父親への殺害)が併合罪として裁かれたためとされる。嘱託殺人だけなら最高刑は懲役7年であり、それ以上の刑は科せない。

同種事件の判決

1991年、東海大学安楽死事件で、医師に対し殺人罪で懲役2年執行猶予2年の判決(横浜地裁、1995年)。

1998年、川崎協同病院事件で、医師に対し殺人罪で懲役1年6月執行猶予3年の判決(横浜地裁、2005年)。

諸外国の事例

・オランダ:2002年、世界で初めて安楽死を合法化(『要請による生命終結及び自殺幇助法』)。厳格な要件のもとで医師による安楽死が認められる。

・ベルギー(2002年)、ルクセンブルク(2009年)、カナダ(2016年)、スペイン(2021年)も合法化。

・スイス:医師による積極的安楽死は違法だが、自殺幇助は合法。Dignitas等の団体が活動。

・アメリカ:オレゴン州(1997年)、ワシントン州、カリフォルニア州など計11州とDCで『尊厳死法』が成立。

・ドイツ・フランス・イギリス:積極的安楽死は違法。ただし鎮静治療等の終末期医療は広く認められている。

(引用元:各国保健省・倫理委員会資料等を参照)

日本では現在、いかなる形の積極的安楽死も違法とされており、嘱託殺人罪が適用される。終末期医療のあり方をめぐる立法論議は続いている。

併科措置に関する論点

本件のような事件では、(1)医師免許の取り消し、(2)安楽死を含む終末期医療の制度的整備、(3)患者の精神的苦痛への医療的支援の拡充、(4)SNSでの自殺・安楽死情報の規制、(5)患者団体・支援団体への支援強化などが論点となる。

参考リンク

・NHK NEWS WEB『ALS嘱託殺人事件 元医師に懲役18年判決』(2024年3月5日)

・朝日新聞デジタル ALS嘱託殺人事件 一連の報道(2020〜2024年)

・毎日新聞 ALS嘱託殺人事件関連報道

・京都新聞 ALS事件公判詳報

・京都地方裁判所 判決言渡し情報(2024年3月5日)

・ALS関連患者支援団体(日本ALS協会等)の声明

法改正動向

本件を契機に、終末期医療における『安楽死をどう扱うか』をめぐる議論が、医療界・法曹界・国会で改めて活発化した。一方、安楽死合法化への動きは現時点では具体的な立法には至っていない。患者の苦痛緩和のためのケア体制(緩和ケア)の充実は継続的に進められている。