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終身刑を考える
もし死刑をやめるとしたら、その代わりに何を置けばいいのだろう。あるいは、死刑にするほどではないが、絶対に二度と社会に出してはいけない犯罪者を、どう扱えばよいのだろう。
もし死刑をやめるとしたら、その代わりに何を置けばいいのだろう。あるいは、死刑にするほどではないが、絶対に二度と社会に出してはいけない犯罪者を、どう扱えばよいのだろう。
答えのひとつが「終身刑」――文字通り、死ぬまで刑務所から出さない刑罰である。日本にはまだない。でも、欧米のほとんどの国にはある。「日本にも導入すべきか」という議論は、死刑制度の見直しと共に、繰り返し語られてきた。
終身刑とは何か?
終身刑とは、受刑者を死ぬまで刑務所に閉じ込め続ける刑罰である。「絶対的終身刑」(=仮釈放なし、一生出られない)と「相対的終身刑」(=長い年数を経たあとに、出られる可能性が残る)の2種類がある。
日本の『無期懲役』との違いがややこしい
日本にはいま、最高刑として死刑があり、その次に「無期懲役」(2025年6月から『無期拘禁刑』に統合)がある。「無期」と聞くと一生出られないイメージがあるが、実は刑法第28条により、10年以上服役すれば仮釈放の審査対象になる――つまり制度上は出てくる可能性がある。これは欧米でいう「相対的終身刑」に近い。
ここで日本で議論されている「終身刑」は、原則として、その一段上の「絶対的終身刑」(仮釈放なし)を指す。「死刑か、無期懲役か」の二択ではなく、その中間の選択肢を作るべきではないか――そういう発想である。
世界ではどう運用されているか
アメリカ:Life Without Parole(LWOP)
「仮釈放なしの終身刑」。ほぼすべての州で導入されている。死刑廃止州ではこれが最高刑となる。死刑存置州でも、陪審が死刑を選ばない場合の代替として使われる。受刑者は死ぬまで刑務所で過ごす。
イギリス:Whole Life Order
「全人生命令」と訳せる重い刑。連続殺人犯、児童殺害犯、テロ犯などに、裁判官が個別に命じる。それ以外の終身刑(life imprisonment)では、最低服役期間(tariff)を判決で設定し、その期間を過ぎたら仮釈放審査が始まる。
ドイツ:Lebenslange Freiheitsstrafe
終身刑が最高刑(死刑は1949年に廃止)。原則15年以上服役すれば仮釈放の可能性がある。ただし「特に重大な責任」と認定された場合、仮釈放のハードルは大きく上がる。
ノルウェー:そもそも終身刑がない
意外かもしれないが、ノルウェーには終身刑そのものが存在しない。最高刑は禁錮21年である。ただし、社会への危険が続く場合は5年ごとに延長できる「保安措置」がある。2011年に77人を殺害したテロリスト・ブレイビクも、判決は禁錮21年であった。
なぜ導入すべきだといわれるのか(賛成派の声)
1. 「死刑をやめるための受け皿が必要だ」
死刑制度を廃止しようとすれば、その代わりとなる「最も重い罰」を用意する必要がある。終身刑はその有力な候補とされる。死刑廃止派にとって、終身刑導入は欠かせない一歩である。
2. 「やがて出てくる」という不安をなくせる
いまの無期懲役は、10年以上で仮釈放の可能性が出る。被害者遺族や近隣住民にとっては、「いつかこの人が街に戻ってくるかもしれない」という不安が、何十年も消えない。終身刑があれば、そのような不安を取り除ける、という主張である。
3. 「量刑のグラデーションを増やす」
現在の日本では、死刑と無期懲役の間に、大きな飛びがある。「死刑にすべきか迷う」事件で、終身刑が中間の選択肢になれば、裁判員や裁判官にとっての判断もしやすくなる。結果として、死刑判決が減るかもしれない。
4. 「冤罪のとき、取り返しがつく」
死刑とは違って、終身刑なら、後から無実が判明したときに釈放という形で救済が可能である。
なぜ導入されないのか(反対派の声)
1. 「『一生出られない』は希望を奪う」
刑務所で「絶対に出られない」と知ったとき、受刑者はどう過ごすのだろう。更生する意欲も、社会復帰への希望も、まるごと失われる。それは人としての尊厳を奪うことに近い、との指摘がある。欧州人権裁判所は2013年、仮釈放の可能性が一切ない終身刑は欧州人権条約第3条(非人道的扱いの禁止)に違反すると判断した。
2. 「死刑廃止につながらず、罰だけ重くなる」
日本で議論されるとき、しばしば「死刑も残し、終身刑も加える」案が語られる。これでは死刑がなくなることはなく、刑罰全体が重くなるだけになりかねない。本来の趣旨(=死刑の代替)がぼやけてしまうとの懸念である。
3. 「歳をとった受刑者の医療費が膨らむ」
終身刑の受刑者はやがて高齢になる。歩けなくなり、認知症になり、医療や介護が必要になる。刑務所が老人ホーム化していくと、行刑コストは膨らみ続ける。これは現実的な問題である。
4. 「更生という刑罰の理念と矛盾する」
現代の刑罰は「応報」だけでなく「更生」も大事な目的とされる。終身刑では更生して社会に戻る道がない。そもそも何のために処遇するのか、という根本的な問いに直面する。
日本の現状
日本では現在、絶対的終身刑(仮釈放なし)は存在しない。最高刑は死刑、次が無期拘禁刑である。
- 刑法第12条:無期または1月以上20年以下の拘禁刑
- 刑法第28条:有期刑3分の1以上、無期刑10年以上の服役で仮釈放の審査対象に
- 犯罪者処遇法第34条以下:仮釈放は地方更生保護委員会が判断
ただし運用実態として、無期刑の仮釈放はかつてより難しくなっている。平均服役年数は30年を超えるとされ、なかには40年以上服役している人もいる。「事実上の終身刑」が、現実には存在しているという見方もできる。
日本の近年の動向
- 2008年:超党派の議員連盟が、終身刑(仮釈放なし)創設の議論を本格化。
- 2014年:日本弁護士連合会が「死刑廃止と仮釈放のない終身刑導入」をセットで提言。
- 2022年:法制審議会が刑法改正を答申し、拘禁刑への統合は実現したが、終身刑の創設は今回は見送られた。
- 2024年:袴田事件再審無罪を受け、死刑制度の見直し論と共に、終身刑導入論が再び表に出てきた。
世論調査では、終身刑の導入については賛否がほぼ拮抗するという結果が多い。死刑の存廃と切り離せない議論として、これからも続いていきそうだ。
海外での採用動向
- アメリカ:ほぼ全州でLWOP(仮釈放なし終身刑)を導入。
- EU諸国:大多数が終身刑を採用。ただし欧州人権裁判所の判断により、原則として仮釈放の可能性は残す形式。
- イギリス:重大事件には『Whole Life Order』(仮釈放なし)を選択可能。
- 北欧:ノルウェーは終身刑なし。ほかの北欧諸国は相対的終身刑が中心。
- ロシア・中国:終身刑制度あり。運用の透明性は低いとされる。
国際人権団体は、「仮釈放の可能性がない終身刑」も人権侵害的だとして批判している。一方、アメリカでは死刑廃止州を中心に、LWOPは欠かせない刑罰として定着している。
歴史をたどってみる
近代以前:長期収容は主流ではなかった
中世まで、刑罰の中心は死刑、身体刑(鞭打ち、烙印)、追放などだった。「死ぬまで閉じ込める」という発想は、刑務所制度そのものが発達した近代になって初めて現実的になる。
18世紀:ベッカリーアの提案
イタリアの法学者ベッカリーアが『犯罪と刑罰』(1764年)で、死刑の代わりに終身刑を提案した。「命を奪うより、人生を奪うほうが、犯罪を思いとどまる効果が長く続く」という主張である。
20世紀:戦犯と終身刑
第二次世界大戦後、ニュルンベルク裁判・東京裁判で、戦争犯罪人に対して終身刑が言い渡された例がある。これにより、終身刑の制度的位置づけが国際的に確立した。
21世紀:人権基準の整備
欧州人権裁判所は2010年代に、仮釈放の可能性がない終身刑の人権適合性を繰り返し問題視する判決を出した。これを受けてヨーロッパでは「相対的終身刑」(=長い年数のあと仮釈放の可能性あり)が主流となった。
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