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GPS装着・居住区域の公開等を考える
ある日、隣のアパートに引っ越してきた若い男性。挨拶をする好青年に見えるが、実は数年前まで性犯罪で服役していた――そんなことを、住民は知る権利があるだろうか。
ある日、隣のアパートに引っ越してきた若い男性。挨拶をする好青年に見えるが、実は数年前まで性犯罪で服役していた――そんなことを、住民は知る権利があるだろうか。それとも、出所後の所在を国が把握する仕組みは安全のために必要なのか、行き過ぎなのか。
アメリカや韓国にはこうした制度がある。日本にはない。「日本でも導入すべきか」という議論は、ニュースで子どもを狙った再犯事件が報じられるたびに、強い感情を伴って繰り返されてきた。
GPS装着・居住区域公開とは?
性犯罪者などの特定の前科者に対し、出所後も国がその所在を把握できる仕組みを義務付ける制度である。代表的なものを挙げてみる。
GPS装着
対象者の足首に小型のGPS発信機を装着し、リアルタイムで居場所を追跡する。学校や公園など「立ち入り禁止区域」を設定しておき、対象者が近づくと自動で警報が鳴る、というシステムもある。映画やドラマで足首に黒い装具をつけた登場人物を見たことがあるかもしれない――あれである。
居住区域・前歴の公開
対象者の氏名・住所・顔写真・犯罪歴を、ネット上で公開する制度。アメリカの「メーガン法」が代表例である。住民がスマホで近所の性犯罪前科者を地図上で確認できる、という仕組みになっている。
性犯罪者登録(Sex Offender Registry)
刑期を終えたあとも、住所変更があれば警察に届け出る義務が課される。場合によっては、住める地域(学校から半径何メートル以内には住めない、など)や、就ける職業も制限される。
世界ではどう運用されているか
アメリカ:メーガン法とSORNA
1994年、ニュージャージー州で7歳の少女メーガン・カンカちゃんが、近所に住む性犯罪の前科者に殺害された。両親は『なぜ、子どもの近所にこういう人が住んでいることを知らせてくれなかったのか』と訴え続け、これがきっかけで『メーガン法』が成立した。2006年には連邦法SORNAで全米統一化された。性犯罪者は犯罪の重さによってTier I〜IIIの3段階に分類され、登録期間や公開範囲が決まる。
韓国:電子発信機装着制度
2008年、性犯罪者に対する電子発信機(=GPS装具)の装着制度が始まった。最長30年の装着が裁判所の命令で可能となっている。アジアで最初にこの制度を法律として整えた国とされる。
イギリス・フランス・ドイツ
性犯罪者登録制度は欧州諸国でも幅広く採用されている。保護観察の一部としてGPS装着が使われることもある。ドイツでは、出所後の保安監督処分の枠組みでGPS装着が可能になっている。
なぜ導入すべきだといわれるのか(賛成派の声)
1. 「子どもを守るため」――もっとも強い声
性犯罪は再犯率が比較的高いとされる犯罪類型である。法務省の統計でも、性犯罪事件で出所した人が5年以内に同種の罪で再犯する率は20〜30%台に達するとの報告がある。「次の被害者を出さないため、所在を把握できるようにすべきだ」というのが、賛成派のもっとも強い動機である。
2. 「住民の不安を取り除く」
もし近所に性犯罪の前科者が引っ越してきたら――その情報を知って警戒できるなら、子どもの送り迎えや行動範囲を考え直すこともできる。「知らされないより、知って備えたい」という素朴な感覚は強い。
3. 「再犯が起きたとき、早く検挙できる」
GPSがあれば、性犯罪が起きた現場周辺に対象者がいたかどうかが瞬時にわかる。捜査の効率が大きく上がる。
4. 「日本は世界の例外になりつつある」
G7のなかで、性犯罪者登録制度を持っていないのは日本だけといわれる。グローバル化のなか、日本がこの制度の空白地帯になっていることへの違和感は、年々強まっている。
なぜ導入されないのか(反対派の声)
1. 「刑期を終えた人にも、人権はある」
罪を償った人が、再びどこにいるか常時監視される――それは、憲法が保障するプライバシー権、居住・移転の自由と緊張関係にある。「いつまで罰を受け続けなければならないのか」という根本的な問いがある。
2. 「社会復帰ができなくなり、かえって再犯リスクが上がる」
情報が公開されれば、対象者は仕事も住居も見つけにくくなる。働く場所がなく、住む場所もなく、生活が不安定になれば、それこそ再犯のリスクが高まってしまう――この皮肉な構図を、アメリカの研究も指摘している。
3. 「自警団的なリンチが起きる」
アメリカでは、登録された性犯罪者の自宅に嫌がらせや放火、暴行が起きた事例が複数報告されている。「住民が情報をもとに勝手に制裁を加える」という、本来想定されていない事態が起きかねない。
4. 「実は、加害者の多くは『見知らぬ人』ではない」
性犯罪の多くは、被害者が知っている人――家族、知人、職場の人――による犯行だとされる。GPSや居住区域公開は『見知らぬ加害者』を想定した制度だが、現実の性犯罪はそれとは違うパターンが多い。「正しい問題に対して正しい解決策ではない」との指摘である。
5. 「二重に罰しているのではないか」
刑期を終えたあとも継続的に監視するのは、実質的にもう一度罰を与えているのと同じだ。憲法第39条の二重処罰の禁止に触れるおそれがある、との議論もある。
日本の現状
日本では現在、GPS装着や居住区域公開といった制度は導入されていない。関連する制度を整理する。
- 刑事施設内の性犯罪者処遇プログラム(R3):2006年から実施。受刑中に認知行動療法を中心に行う。
- 保護観察:仮釈放者や執行猶予者を対象に、保護観察官・保護司が面接指導を行う。
- 犯罪被害者等基本法に基づく支援:被害者には限定的な情報提供が行われる。
保護観察期間が終了した後、出所者の所在を国が継続的に追跡する仕組みは、いまの日本にはない。
日本の近年の動向
- 2019年:法務省が性犯罪者処遇プログラムを改訂(R3プログラム)、出所後の地域協働フォローアップを強化。
- 2023年:刑法改正で『不同意性交等罪』『不同意わいせつ罪』を新設。性交同意年齢を13歳から16歳に引き上げ。
- 2024年:子ども・若者に関わる職業従事者の性犯罪歴照会制度『日本版DBS』(こども性暴力防止法)が成立。学校・保育所・塾などで、職員の性犯罪歴を雇用主が確認できるようになる。2026年6月に一部施行予定。
- 2024年以降:児童保護の観点から、性犯罪者登録制度・GPS装着の導入論が改めて議題に上っている。
海外での採用動向
G7諸国のうち、性犯罪者登録制度を持たないのは日本のみ(2025年時点)とされる。
- アメリカ:全州で登録、メーガン法による情報公開、一部州でGPS装着
- イギリス:Sex Offender Register、必要に応じてGPS
- 韓国:電子発信機装着、性犯罪者情報の公的公開
- ドイツ:保安監督処分の一環としてGPS装着が可能
- フランス:性犯罪者司法情報自動処理ファイル(FIJAIS)への登録
とりわけ韓国は、日本と社会構造が近いなかでこの制度を運用しているため、参考事例として注目されている。
歴史をたどってみる
1990年代:メーガン事件と制度化
1994年のメーガン・カンカ事件は、アメリカ社会に強烈な衝撃を与えた。両親が『近所に性犯罪者が住んでいると教えてくれていれば、娘は助かったかもしれない』と訴え、わずか3か月で州法が成立した。1996年には連邦法へ、2006年には全米統一基準のSORNAへとつながっていく。
2000年代:GPS技術の普及
GPSデバイスが小型化・低コスト化したことで、足首装着型の追跡装置が現実的になった。2008年に韓国が制度化、欧州諸国も保安処分の一環として導入を始めた。
2010年代以降:人権と効果の検証
欧州人権裁判所などが、登録・監視制度の人権適合性を継続的に審査するようになる。比例原則(=犯罪の重さと監視の必要性のバランス)が国際基準として確立しつつある。
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