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罰金・財産の没収を考える
同じ100万円の罰金でも、年収300万円の人にとっては『生活が破綻する金額』だが、年収1億円の人にとっては『たった0.1%』にすぎない。同じ刑罰なのに、痛みがまったく違う――これは、本当に『公平』といえるのだろうか。
同じ100万円の罰金でも、年収300万円の人にとっては『生活が破綻する金額』だが、年収1億円の人にとっては『たった0.1%』にすぎない。同じ刑罰なのに、痛みがまったく違う――これは、本当に『公平』といえるのだろうか。
もうひとつ。詐欺で1億円を稼ぎ出した犯人が、懲役5年の判決を受けて服役した。出所後、隠していた1億円を使って豪邸を建てた――そんなニュースがもし流れたら、あなたはどう感じるだろう。「罰の意味があるのか」と思うのではないか。
罰金や財産没収のあり方は、いま日本で見直しが議論されている分野である。
罰金・財産没収とは?
罰金は、お金を国に納める刑罰である。日本の刑法では、罰金は1万円以上(刑法第15条)、それより軽い『科料』は1000円以上1万円未満(刑法第17条)と定められている。
財産没収は、犯罪に関係する物や、犯罪で得たお金を、国が取り上げる処分である。刑法上は主刑(=メインの刑)に追加する『付加刑』として位置づけられる。麻薬、密輸、賄賂、詐欺、マネーロンダリング(=資金洗浄)などの事件で、犯罪収益の剥奪に使われる。
関連する仕組みとして、刑事司法では『追徴金』(=没収しきれない犯罪収益の代わりにお金を取る)、民事執行による財産差し押さえなどもある。
世界ではどう運用されているか
北欧諸国:日数罰金制度(Day Fine)
フィンランド、スウェーデン、デンマーク、ドイツなどで採用されている画期的な制度。罰金の金額を『被告人の日収の何日分』として計算する。同じスピード違反でも、収入の高い人ほど高額の罰金になる仕組みである。フィンランドでは、富裕層が高額の罰金を科された事例が世界で話題になった(1999年、ノキア社の幹部が交通違反で10万ユーロ超の罰金を科された例など)。
アメリカ:Asset Forfeiture(資産没収)
麻薬犯罪、組織犯罪、マネーロンダリングなどに対し、極めて広範な資産没収が可能。刑事手続きの中での没収(criminal forfeiture)と、民事手続きを使った没収(civil forfeiture)の両方がある。ただし民事没収は『有罪判決なしに財産を取り上げる』という性質から、人権面の批判もある。
イギリス:Confiscation Order(没収命令)
Proceeds of Crime Act 2002(犯罪収益法)に基づき、犯罪者が事件によって得た利益の没収を裁判所が命じる。実際の犯罪収益の特定が難しい場合、『推定規定』を使って没収額を決められる。
EU諸国:不当蓄財対策の強化
EU指令2014/42/EUに基づき、各国で組織犯罪・腐敗事件の犯罪収益剥奪を強化する法整備が進んでいる。
なぜ見直すべきだといわれるのか(賛成派の声)
1. 「収入に応じた罰金にすれば、本当の公平が実現する」
現在の固定額の罰金は、富裕層には軽く、貧困層には重い。日数罰金制度に移行すれば、誰にとっても同じ『痛み』として刑罰が働くようになる。「本当の意味での平等」を実現できる、というのが賛成派の中心的主張である。
2. 「犯罪で儲けさせない」――犯罪収益の剥奪
詐欺、賄賂、マネーロンダリングなどの経済犯罪では、刑事罰だけでは犯人にとって『割に合う』ことがある。「数年服役しても、出所後に大金が手元に残るならやる価値がある」という発想を断ち切るには、犯罪収益の徹底剥奪が不可欠である。
3. 「被害回復にもつながる」
犯罪収益を没収し、それを被害者への賠償に回す仕組みが整えば、被害者の経済的回復にも資する。日本でも『犯罪被害財産等支給法』(2006年)で、組織犯罪の犯罪被害財産を被害者に給付する制度がある。
4. 「短期自由刑の代替として」
短期の刑務所収容には『副作用』が大きい(=失業、社会的烙印など)。経済犯罪のような場合、適切に設定された罰金・没収のほうが、本人の更生にも社会にもプラスになることが多い。
なぜ見直しが進まないのか(反対派の声)
1. 「収入の正確な把握が難しい」
日数罰金制度を導入するには、被告人の正確な収入を把握する必要がある。会社員ならまだしも、自営業者や副業の多い人の収入を、刑事手続きの中で短時間に把握するのは現実的に難しい、との指摘がある。
2. 「貧困者には払えない、富裕者には痛くない、を解決しても別の問題が残る」
日収を基準にしても、収入が極端に低い人(=無職、生活保護受給者など)からは結局払ってもらえない。一方、収入が極端に高い人(=投資家、資産家)では『日収』の定義が曖昧になる。制度設計は意外と難しい。
3. 「『お金で済ませる』感覚が広がる懸念」
高額の罰金を払えば終わり、という感覚が広がると、富裕層にとっての犯罪のハードルが下がる――そんな逆効果のおそれもある。
4. 「民事没収は冤罪・濫用のリスク」
アメリカ型の民事没収(civil forfeiture)は、『有罪判決なしに財産を取り上げる』ことができるため、警察の濫用が社会問題化している。「現金を持ち歩いていただけで疑われて没収された」という事例も報告されている。
5. 「現行制度でも、運用次第で対応可能ではないか」
現在の罰金制度や没収制度は、運用次第で柔軟に対応できる部分もある。大幅な制度変更ではなく、運用の改善で十分だ、との立場もある。
日本の現状
日本の罰金・没収制度は、次のように整備されている。
罰金・科料
- 刑法第15条:罰金は1万円以上(上限は犯罪ごとに定められる、最高1000万円程度まで)
- 刑法第17条:科料は1000円以上1万円未満
- 刑法第18条:罰金不納の場合、労役場留置(1日あたり5,000円換算)
没収・追徴
- 刑法第19条:犯罪行為の組成物・犯罪に供する目的の物・犯罪により取得した物等の没収
- 刑法第19条の2:没収できない場合の追徴
- 組織的犯罪処罰法・麻薬特例法等:特別法による犯罪収益剥奪の強化
- 犯罪被害財産等支給法(2006年〜):組織犯罪の犯罪被害財産を被害者に給付
課税による『間接的没収』
犯罪収益は所得とみなされ、原則として課税対象となる(脱税認定の場合、別途処罰も)。例:詐欺で得た金銭への所得税課税。
日本の罰金は固定額制(=被告人の収入を考慮しない)であり、日数罰金制度(=収入比例)は未導入である。
日本の近年の動向
- 2017年:刑法改正で罰金等臨時措置法廃止、上限額の見直し。
- 2018年:組織的犯罪処罰法改正でテロ等準備罪、犯罪収益剥奪規定の整備。
- 2022年:『頂き女子Rちゃん』事件などSNS型詐欺事件の悪質化を受け、犯罪収益剥奪の運用強化が議論される。
- 2024年〜:特殊詐欺の高額化を受け、犯罪収益の徹底剥奪と被害回復の実効性確保が、主要な改革テーマに。
日本では日数罰金制度の導入は、法制審議会等で検討されてきたが、実務上の難点から導入には至っていないとされる。
海外での採用動向
日数罰金制度を導入している主な国・地域は次のとおり。
- ドイツ(1975年〜):刑法第40条以下に詳細規定
- フィンランド(1921年〜):世界で最初に日数罰金を導入
- スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、オーストリア、ポルトガル、スイス等
また、犯罪収益剥奪の制度は、ほぼすべての先進国で運用されている。国連の『腐敗の防止に関する国際連合条約』(UNCAC、2003年採択)は、犯罪収益剥奪の国際協力を加盟国に求めている。
歴史をたどってみる
古代:罰金は最古の刑罰のひとつ
古代バビロニアのハンムラビ法典には、犯罪に対する金銭賠償が定められていた。古代ローマでも、軽犯罪には金銭賠償が用いられた。罰金の発想は、人類の歴史のごく初期にまでさかのぼる。
中世:身体刑と並行
中世ヨーロッパでは、身体刑(=鞭打ち、烙印など)が中心であった一方、貴族や富裕者には罰金が用いられることが多かった。「身分による刑罰の違い」が、罰金の固定額制の起源とも言える。
1921年:日数罰金制度の誕生
1921年、フィンランドが世界で最初に日数罰金制度を導入。北欧諸国・ドイツ語圏に広がり、20世紀後半には欧州の標準的な制度となった。
20世紀後半:犯罪収益剥奪の重要性
麻薬犯罪、組織犯罪、テロ資金供与が国際問題化するなか、『犯罪をしても儲けは残らない』ことを徹底するための、犯罪収益剥奪制度が各国で整備されていった。1988年の麻薬条約(ウィーン条約)、2003年のUNCAC(腐敗防止条約)が、その国際的な枠組みを支えている。
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