事件概要

ある夜、通行人を狙った2件の強盗事件が起きた。犯行に及んだのは、当時19歳だったフィリピン人男性のP.G被告。被害者を殴るなどして現金を奪い、けがを負わせたとして強盗致傷罪に問われた。

本件は『日本で初めて、外国人被告を対象にして裁判員裁判が開かれた事件』として注目された。2009年5月に裁判員制度がスタートして約半年。市民である裁判員が、母語の異なる被告とどう向き合うか、通訳を介した審理が機能するかが試される機会となった。

審理にはタガログ語の通訳人2人が同席し、すべてのやりとりが訳された。

判決

・判決日:2010年

・裁判所:さいたま地方裁判所(裁判員裁判) / 裁判長:大谷吉史

・判決:懲役5年(求刑:懲役6年)

・罪名:強盗致傷罪

判決のポイントは、強盗致傷罪の法定刑下限が懲役6年と定められているにもかかわらず、それを下回る懲役5年となったことである。これは刑法第66条の『酌量減軽』(被告に有利な事情があるとき、法定刑を下回る刑を選べる規定)を適用した結果だった。

大谷裁判長は判決理由について、『生い立ちが不遇だったほか、まだ20歳の未熟な青年。反省の態度も示している』と説明したとされる。裁判官は被告本人に対し『裁判員と裁判官は、一日も早く立派に更生するよう期待しています』と語りかけたという。

裁判員の声

判決後、裁判員らは記者会見に応じた。30歳代の会社員男性は『取り返しのつかないことではない。更生することが被害者にとっても一番のこと』と判決に込めた思いを語ったとされる。

通訳を介した審理についても、感想が分かれた。22歳の会社員男性は『通訳がワンテンポ入ることで、ゆっくり理解することができた』。30歳代の会社員男性は『質問するときになるべく簡潔で分かりやすく聞こう、という意識になった』と話したとされる。

一方、60歳代の女性は『通訳人が被告に聞いたとき、被告の顔を見ていると「分かっていないのかな」というときがあった。返事がはっきりしないことがあった』と指摘。別の61歳の無職女性も『100%伝わったか分からない。微妙な日本的なニュアンスはどうかな、という感じだった』と話したとされる。

被害者の声

被害者は2件の強盗事件で襲われた通行人で、けがを負った。具体的な続報は限定的で、事件の被害そのものよりも『初の外国人被告裁判員裁判』という制度的側面が報道の中心となった。

量刑の相場

強盗致傷罪(刑法第240条)の法定刑は『無期、または6年以上の有期懲役』である。下限が懲役6年と高く設定されているため、酌量減軽を使わなければ初犯でも実刑5年を下回ることはできない。

本件で適用された刑法第66条『酌量減軽』は、犯罪事情に酌むべきものがあるときに法定刑を半分まで下げられる規定。少年(19歳)、初犯、反省の態度などが酌量の根拠となった。

強盗致傷の量刑相場は、被害程度、犯行態様、被告の年齢・前科などで幅広く分布する。少年・未成年に近い年齢では情状酌量で6〜7年程度に収まる例が多いとされる。

同種事件の判決

2009年以降、若年層・初犯の強盗致傷事件では、裁判員裁判で酌量減軽による懲役5年前後の判決が散見される。

諸外国の事例

・アメリカ:強盗致傷罪は州ごとに法律が異なるが、連邦量刑ガイドラインでは10年以上の禁錮が標準。

・イギリス:強盗罪(robbery)は最高刑が終身刑、傷害を伴う加重強盗は実刑10〜15年が標準とされる。

・ドイツ:刑法第249条以下、強盗致傷は5年以上の自由刑(加重事由ありで10年以上)。

・フランス:加重強盗は最高15〜20年の禁錮。

(引用元:各国法務省・量刑審議会資料等を参照)

日本の懲役5年は、各国比較ではやや軽めだが、少年・初犯・酌量減軽という条件を踏まえれば説明可能な水準とされる。

併科措置に関する論点

外国人被告事件では、(1)通訳の質と裁判の公正性、(2)裁判員と被告のコミュニケーション、(3)出所後の在留資格・退去強制との関係、(4)母国での更生支援、(5)裁判員制度の多文化対応などが論点となる。

参考リンク

・朝日新聞 2010年 該当事件判決報道(西村圭史、関謙次両記者署名記事を含む)

・読売新聞 2010年 該当事件判決報道

・毎日新聞 2010年 該当事件報道

・NHK NEWS WEB 2010年 該当事件報道

・最高裁判所『裁判員制度の運用に関する報告』

法改正動向

裁判員制度は2009年5月にスタート。本件はその初期に外国人被告を扱った象徴的事例として、通訳制度の充実、外国語による裁判員説明資料の整備が進むきっかけとなった。法務省・最高裁は『裁判員裁判の多言語対応』を継続的に整備している。